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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)264号 判決 1982年12月16日

原告

甲野花子

右訴訟代理人

藤原精吾

被告

神戸市

右代表者市長

宮崎辰雄

右訴訟代理人

岡野英雄

主文

一  被告は原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和三七年一二月一二日父幸三、母妙子の長女として生まれ、同五二年一月二七日当時、神戸市立兵庫中学校二年に在籍していた。

被告は、その営造物である同中学校の設置、管理者であり同中学校教諭は、被告の教育行政事務に従事する公務員である。

2  事故の発生

(一) 原告は、昭和五二年一月二七日、神戸市兵庫区永沢町四丁目三番地所在の同中学西校舎(以下単に「西校舎」という。)三階第二視聴覚教室において、放課後の午後五時ころまで、同中学校の同級生十数名とともに英語の補習授業(担当、同校教諭乙野豊子、以下「乙野教諭」という。)を受けた。

右補習授業終了時まで同教室に残つていたのは原告を含む女子生徒三名と男子生徒二名であつたところ、乙野教諭は、右授業終了後、右第二視聴覚教室の窓とその出入口の鍵をかけたうえ、同校舎一階東側出入口扉のかんぬきを外からかけ、校舎内から右扉の開閉が不可能な状態にした。

(二) 当時、原告は西校舎二階便所内で用を足していて同校舎内に残留していたところ、乙野教諭の右行為により、同日午後五時ころから救出される午後一〇時ころまでの約五時間、同校舎内に一人閉じこめられる状態となり、その間の孤独と恐怖により、後記のとおりの心神の障害を被つた。

3  被告の責任

本件事故は、乙野教諭が、補習授業終了後、西校舎出入口にかんぬきをかけて施錠するに際し、同校舎内に生徒が残留していないことを十分確認し、生徒を校舎内に閉じこめないようにすべき条理上当然の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、同校舎二階便所内で用便中の原告を看過して、同校舎一階東側出入口の扉にかんぬきをかけて施錠した過失により発生したものであり、また、同校舎の管理に瑕疵があつたものというべきであるから、被告はこれにより原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 原告は、約五時間にわたり暗闇の校舎内に監禁されたことにより、本件事故の翌日である昭和五二年一月二八日から心因性の精神障害を呈するに至つた。

すなわち、原告は、同日から抑うつ状態となり、食事を拒み、無理に食べさせると嘔吐し、不眠、登校拒否などの症状を示し、同月三一日湊川病院において診察を受けて休学のうえ投薬治療を受け、一、二週間後再び登校するようになつたが、完治していなかつたため、同年二月二五日ころから容態が悪化し、同月二八日波田クリニックにおいて診察を受けたうえ、その紹介により、同年三月一日から同年八月二〇日まで佐野サナトリウムにおいて入院治療を受け、右退院後、現在に至るまで「非定型精神病」として通院治療を受けている。

現在は、小康状態を保つてはいるものの、疲労感が激しく、集中力がなく、物事に対する意欲を持つことができない状態で、投薬により辛うじて現状を維持している状況にある。

(二) 原告は、本件事故による発病までは、学業成績はあまり良い方とはいえなかつたものの、その性格は明朗かつ素直で、何事にも真剣に取り組む態度をみせ、学校が好きで病気の場合を除き進んで登校していた。

また学業成績は、一学年のときに比し、二学年になつて向上のきざしがみられていた。

ところが、本件事故以後の前記のような状態では、就職ないし進学の希望も絶たれ、家の中で無為に過ごすしかない状態となつた。

(三) 右のとおり原告は、長時間の監禁による恐怖と精神的苦痛、その後の精神病発病とその治療のための入・通院に伴う苦痛、学力の低下とこれに伴う労働能力の低下ないし精神発達の遅滞などの損害を被つたが、その慰謝料は、原告の父母が被つた精神的苦痛及び経済的負担も斟酌すれば、金五〇〇万円を超えるものである。

よつて、原告は被告に対し、本件事故により原告が被つた精神的損害に対する慰謝料の内金五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五三年三月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、省略>

理由

一本件事故の発生

1  原告は、昭和三七年一二月一二日父甲野幸三、母妙子の長女として生まれ、同五二年一月二七日当時神戸市立兵庫中学校二学年に在籍していたが、同日神戸市兵庫区永沢町四丁目三番地所在の同中学校西校舎三階第二視聴覚教室において、放課後の午後五時ころまで同中学校の同級生十数名とともに英語の補習授業(担当、同中学校教諭乙野豊子)を受けたこと、右授業終了時まで同教室に残つていたのは原告を含む女子生徒三名と男子生徒二名であつたこと、その後乙野教諭は一階に下り西校舎一階東側出入口から校舎外へ出たこと、その当時、原告は同校舎二階便所内で用を足していて同校舎内に残留していたこと及び原告が少くとも同日午後五時三〇分ころから午後九時四〇分ころまでの間同校舎内にいたことは、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ<る。>

(一)  神戸市立兵庫中学校においては、学力の向上を図るため、特定の生徒を対象として、正規の授業終了後補習授業を行なつており、原告もその補習授業の対象者とされていた。

(二)  前記一月二七日の補習授業は、乙野教諭があらかじめ用意した問題用紙を生徒らに配布して、その問題の解答を起案させ、起案が出来た生徒から順次、帰宅させるという方法がとられていたところ、同日午後五時三〇分ころ、同教諭は、時刻が遅くなつたことから、補習授業を打ち切ることとした。

なお、同時刻ころには、校舎内は電燈をつける必要がある程度の暗さになつていた。

その時、残留生徒は原告を含む女子生徒三名及び男子生徒二名(いずれも二年生)であつたため、同教諭は、補習授業を打ち切つた後、原告を含む女子生徒三名に対しては、先に帰るよう指示して同教室から送り出したうえ、残る二名の男子生徒に同教室の窓の戸締まり等の後片づけをさせて、同教室の出入口扉を施錠し、右男子生徒二名とともに、西校舎南側にある階段から同校舎一階東側出入口へ下り、同出入口から西校舎外へ出たうえ、同出入口の横開き扉を締め、当時、同扉に付けられていた施錠のための止め金をかけた。

この扉は、外から止め金をかけたうえ施錠する構造になつていたが、施錠をしないで単に止め金をかけただけであつても、扉が横開きのため校舎内からはその開閉は不可能となる。

(三)  兵庫中学校の校舎等の配置は別紙図面記載のとおりであり西校舎は同中学校敷地の西端にあり、三階建で、三階及び二階から、その両側に高さ約二メートルの鉄柵が設置されている渡り廊下により、その南側の本館に連絡している。

西校舎一階南側出入口は常時施錠されていて出入できない状態であり、西校舎内から外部へ出るには、同校舎一階東側出入口を利用するか、または右渡り廊下を経て本館内に入り、同本館一階出入口を利用するほかはない。

(四)  同中学校の各教室及び校舎の出入口等は、当日の授業等が終了した後にすべて施錠されることとなつており、前同日も、乙野教諭が西校舎一階東側出入口の扉の止め金をかけた当時、西校舎から本館へ至る渡り廊下の出入口は、二階及び三階とも本館側のそれが本館側内側からすでに施錠されていたため、乙野教諭が西校舎一階東側出入口扉の止め金をかけることによつて、西校舎からの出入口はすべて外部から閉鎖された状態となつた。

西校舎一階にある窓は校舎内から開けることができるが、その外側には防護用の金網が設置されているため、同校舎一階の窓から同校舎外へ出ることは不可能であり、出入口が外部から閉鎖された状態の西校舎内から外部へ脱出する経路として最も危険性の少ないのは、後記認定の原告が救出された経路であるが、成人ないし成人に近い男子である場合なら可能であるとしても、当時精神年令八歳程度の中学二年生の女子であつた原告(当時、身長約156.3センチメートル、体重約四六キログラム)にとつては、単独で右経路から西校舎外へ脱出するのは不可能である。

(五)  前記のとおり乙野教諭が西校舎一階東側出入口の止め金をかけた当時、原告はまだ同校舎二階便所内で用を足していて同校舎内に残留しており、同校舎内外の前記のような構造から、西校舎内に一人閉じこめられた状態となつた(なお、西校舎一階東側出入口の扉は、乙野教諭が止め金をかけた数分後に、兵庫中学校管理人により施錠された。)。

(六)  原告の母妙子は、前同日の午後五時三〇分ころ、兵庫中学校表門前に原告を迎えに来たが、午後六時ころに同表門が閉鎖されるころになつても原告が学校から出て来ず、また原告が帰宅もしていなかつたこと等から、原告の所在が不明となつていることが判明した。そこで、原告の母は同校教諭らとともに同校付近などを探索したが原告の所在を発見することができず、結局、同日午後一〇時前ころになつて、同校教諭が西校舎に向つて原告の名前を呼んだところ、原告がこれに応答したことにより、原告が同校舎内に一人閉じこめられて残留していることが判明し、直ちに同校教諭らが、西校舎と本館との間の二階渡り廊下の前記鉄柵を乗り越え、西校舎南側にある物置小屋の屋根を経由して原告を救出した。

二乙野教諭の過失

1 前記一の事実に、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められ<る。>

(一)  前記のとおり、補習授業終了後、乙野教諭は、原告を含む女子生徒三名に対して一足先に下校、帰宅するよう指示したうえ、二名の男子生徒に前記第二視聴覚教室の窓の戸締まりなどの後片づけをさせたが、その際、同教諭は同教室前廊下(西校舎三階)から、窓越しに、本館一階の廊下を玄関の方に向つて歩いている原告を除く右二名の女子生徒の姿を現認したのみで、原告の姿を見なかつたが、原告が右女子生徒らに先立ちすでに下校したものと推測した。

(二)  男子生徒らによる第二視聴覚教室内の後片づけが終つた後、乙野教諭は、同教室の出入口の扉の旋錠をしたうえ、右男子生徒二名とともに談笑しながら、西校舎南側にある階段から、二階を経由して、同校舎一階東側出入口へ下り、同出入口から西校舎外へ出た。

兵庫中学校校舎出入口の施錠は同校の管理人が行うことになつており、乙野教諭は西校舎一階東側出入口の施錠の前段階行為である止め金をかけるという行為をする必要はなかつたものであるが、同教諭は、当時、西校舎を使用している者は他におらず、同校舎については管理人による点検と施錠のみが残されているとの同校舎の管理についての日常的な発想から、特別な理由や配慮なくして、前記止め金をかけた。

(三)  乙野教諭が、西校舎三階から一階に下りるに際し、同校舎二階を経由した当時、原告は同校舎二階の、階段の北側に接して設置されている便所内において、同出入口の外側廊下上に、同出入口の南側壁面にもたせかけるようにして同人所有の手提カバン二個を置いたうえ、用を足していた。同便所と階段部分との間にある柱が若干廊下側に張り出しているため、この柱が障害となつて、二階階段部分を通つた同教諭からは、同手提カバンの存在は見えにくいものの、全く見えないという状況ではなく、また同校舎二階の廊下付近の異常の有無等を確認する意思で、同階段部分前廊下の廊下中央部分付近または同便所寄り部分にまで足を運べば、本館等からの照明の反射もあつて同手提カバンの存在は十分確認できる状況にあつた。しかし、前記のとおり、同教諭は、同校舎内に滞留する者からは施錠行為と同様の意味をもつ止め金をかける行為をしたものの、自らが同校舎の施錠を行うという意識は持たず(前記のとおり、施錠行為はその後に管理人が行つた。)、したがつてまた、施錠行為ないし施錠類似の行為を行うことを前提として、同校舎内に残留生徒がいるか否かを確認しようという意識を持たないで、漫然と、三階から一階へ下りたため、原告の前記手提カバンの存在、したがつてまた原告の残留に気がつかないで、前記のとおり、同校舎一階東側出入口の扉の止め金をかけて、原告を同校舎内に閉じこめてしまつたものである。

2  右の事実によれば、校舎内からその扉を開けることが出来ないような施錠類似の行為をする場合には、施錠する場合と同様、同校舎内に残留生徒等がいないかどうかを十分確認し、同校舎内に生徒等を閉じこめないようにすべき注意義務があることは明らかであり、特に本件の場合、乙野教諭が止め金をかけたのは、遅くとも補習授業終了後約一〇分以内であり、本件原告のように便所において用を足している生徒が残留していることは十分予想されるのであるから、右の注意を尽すべきであることは明らかであり、同教諭には右注意義務を尽さなかつた過失があるものというべきである。

三被告の責任

1  乙野教諭が神戸市立兵庫中学校教諭として、被告の教育行政事務に従事する公務員であることは、当事者間に争いがない。

2 公立の中学校における教諭の遂行する教育活動は、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」に当るものと解すべきであり、教諭は学校における教育活動及びこれと密接不離な生活関係について、法定の監督義務者に代つて生徒の安全を保護し監督すべき義務を負うものであるから、教諭がその義務を行うについて過失により他人に損害を与えたときは、当該地方公共団体はその損害を賠償する責任があることはいうまでもない。

3 前記二の事実によれば、乙野教諭は、同校教諭として、補習授業終了後も、同授業を受けた生徒を少くとも校舎内から無事に下校させるべき職責を有することは明らかであるから、同教諭の前記義務違反行為は、同教諭の職務遂行に関してされたものであることは疑いがない。

したがつて、被告は原告に対し、本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

四損害

1  原告が、湊川病院において診察を受けたこと、昭和五二年二月二八日波田クリニックにおいて診察を受けたこと及び同年三月一日佐野サナトリウムに入院したことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>

(一)  本件事故当時、原告は中学二年生(一四歳)であつたものの、出産時の障害により精神発達は遅滞しており、知能指数は六〇弱、精神年令は八歳程度の軽度の精神薄弱であつたものであり、このような原告にとつて、本件事故による暗闇の校舎内で閉じこめられた状態は極度の恐怖体験となり、このため原告は昏迷を主症状とする反応性精神病に陥つた。

すなわち、原告は、本件事故の翌日から、無言、拒食、無理に摂食させると嘔吐するなどの昏迷状態となり、かつ不眠を訴え、同年二月一日湊川病院精神科において診察を受け、同月九日ころまで休学のうえ自宅において服薬治療した後、同月一二日ころから登校したが、同月二五日ころから再び昏迷状態、不眠状態となり、その程度は当初の症状より悪化していた。そのため同月二八日波田クリニックにおいて診察を受けて投薬を受け、同年三月一日再度診察を受けたうえ、同クリニックの紹介により、同日から佐野サナトリウムにおいて入院治療を受けることとなつた。

(二)  入院後、不眠状態は投薬により好転していつたものの、昏迷状態は継続し、同年四月上旬及び五月上旬ころの二回増悪期があつたが、その症状は次第に軽快していき、同年五月中旬ころにはかなりの程度にまで回復し、同年七月中旬ころには前記症状はほぼ消失し、同年八月二〇日退院した。

(三)  右退院当時、原告の前記精神障害はほとんど完治し、原告は同年一〇月ころから登校するようになつたが、医師の指示により、右退院後も慎重を期して月一回程度投薬を受けに右サナトリウムに通院しているが、現在原告には前記精神障害の所見は存在しない。

(四)  原告は、本件事故当時ころ、性格は素直で何事にも真剣に取り組む姿勢を有し、積極的に発言等しないという点を除いては性格的には問題はなかつたが、前記のとおり出産時障害による軽度の精神薄弱であり、その学業成績は、一学年のときに比し若干向上してきていたものの、本件事故前である二学年二学期の成績は五段階評価で美術が「3」であるのを除き他の科目はいずれも「2」ないし「1」であつて芳しくなく、英語はアルファベットをA、B、Cまで書けるものの、反復練習を重ねてもD以下は書けないという程度であり、また認知及び吟味能力が極めて低く、総合能力及び創造力が著しく欠如するなどの精神発達が遅滞し、家庭における日常生活を除き社会生活を営むのに支障をきたす程度であつた。

3  原告は、本件事故により、疲労感が激しく、集中力が欠如し、何事に対しても意欲を持つことができない状態となり、そのため中学校卒業後の就職ないし進学の希望も絶たれた旨主張するが、前記のとおりの原告の本件事故当時の精神年令、精神能力及び学力等からすれば、本件事故により原告の就職ないし進学の希望が絶たれたものであるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  また原告は、本件事故による休学により学力が低下し、またそのため労働能力の低下ないし精神発達の遅滞した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

5  以上によれば、本件事故により原告が被つた精神的損害に対する慰謝料の額は、金二〇〇万円と定めるのが相当である。

五抗弁1(弁済)について

被告が原告に対し金一二〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないが、原告法定代理人松本幸三の尋問の結果によれば、右は被告が原告の入院治療費として原告の両親に支払い、同人らはこれを原告の入・通院の費用として支出したことが認められるから、被告の弁済の抗弁は理由がない。

六抗弁2(過失相殺)について

前記二の1の(二)及び(三)認定のとおり、乙野教諭が西校舎三階から一階に下りるに際し、残留者の有無確認の呼びかけをしたことは認められないから、これに応答すべきであるとの被告の主張は失当である。

<証拠>によれば、本件事故当時、原告は、電燈をつけずに前記便所に入つていたこと、救出されるときまで西校舎内の電燈をつけなかつたこと、西校舎内から声を出すなどしてその救助を求めなかつたことが認められ、前記認定のとおり乙野教諭が西校舎を出た数分後に管理人が西校舎一階東側出入口扉の施錠に行つており、かつ右各証拠によれば、本件事故当日の午後五時三〇分ころには西校舎隣の本館内には教室の内装工事をしていた大工や、図書委員の生徒がおり、さらに午後六時ころまで本館内に同校教諭及び管理人がいたことが認められ、加えて前記認定の原告救出に至る経緯を勘案すると、原告が右のいずれかの方法を採つておれば本件事故は回避できたか、仮に回避できなくとも短時間で原告の所在が判明して救出されたものと認められる。

しかしながら、前記認定のとおりの本件事故当時の原告の精神能力からすれば、原告にこれらの方策を採ることを期待するのは無理であるのみならず、<証拠>によれば、原告の両親は、原告を単独行動させると心配な面があることから、原告の担当教諭に対し、原告に対する配慮方を要請してきており、乙野教諭をはじめ兵庫中学校の教員は、原告の右のような問題点を熟知していたことが認められるから、これらを勘案すると、本件損害賠償額の算定につき過失相殺の法理を適用するのは相当でない。

七以上によれば、原告の本訴請求は、慰謝料金二〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五三年三月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川敏男 上原健嗣 服部廣志)

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